余韻のあとに始まる世界
沈黙は、終わりではない。
呼吸が静まり、神経のさざ波が完全に溶けたあと、
世界のほうから小さな声がやってくる。
それはまだ“意味”ではない。
けれど確かに、何かが触れている。
静けさの中に、世界の脈動が混ざりはじめる。
あなたの神経が、世界を感じ取り、
世界があなたの存在を読み取りはじめる。
神経が他者に触れる瞬間
言葉が生まれるということは、
あなたの神経が、他の誰かの神経を呼んでいるということ。
美は、伝わるときに完成する。
それは、共鳴という名の祈り。
書くことは、あなたの神経を世界へ贈ること。
感じたものを、そのまま息づく形で外へ渡すこと。
言葉は、誰かの心に触れた瞬間、
再び呼吸をはじめる。
沈黙の向こう側で、また息をする
言葉が世界に渡るとき、
あなたは再び沈黙に戻る。
その静けさの中で、まだ呼吸がつづいている。
それは、終わりのようでいて、
新しい始まりの呼吸。
書くことと生きることは、
ずっとひとつの呼吸の往復だったのだと気づく。
そして、あなたの神経のどこかで
また新しい言葉が、
静かに息をしはじめる。
文体神経学は終わりではなく、
沈黙と呼吸のあいだに在る、美の往復運動。
— Juna Mind & Beauty
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