沈黙の中で息づくもの
書くことをやめたあとにも、
言葉はどこかで、まだ呼吸している。
ペンを置いた机の上。
インクの香りと、光の粒のあいだに、
書かれなかった言葉たちが、静かに漂っている。
沈黙とは、
言葉を失うことではなく、
言葉が“聴き合う”時間なのかもしれない。
文字にする前の、
わずかな体温。
感情が形になる寸前の、かすかな揺れ。
その“前”にあるものを、
私たちは「沈黙」と呼んでいるだけだ。
書かれなかった言葉たち
生まれてこなかった言葉も、
この世界のどこかで、静かに呼吸している。
書き手の中で眠る「まだ語られていない思い」は、
欠けたものではなく、
すでに完全なかたちを持っている。
それは母体の中にある生命が、
まだ光に触れていないだけのように。
言葉もまた生まれる前から、
“世界の意識”とつながっている。
だから、
文字にならなかった感情も、
沈黙の中で世界を震わせている。
書くとは、
まだ見ぬ言葉を「この世界に降ろす」こと。
それは、生まれいづるものではなく、
巡り巡るあなた自身との、再会。
呼吸としての文体
言葉は、
感情の胎動が送る小さな脈拍でできている。
胸の奥で、
まだ名を持たない想いが脈打つとき、
文体はそれを「息」として受け取る。
その息が血管をめぐり、
心臓の鼓動に混じり、
やがて指先に届くころ——
言葉は、まだ形にならぬまま、
この世界のどこかで揺れている。
書くとは、
その揺れを聴き取ること。
生まれようとする言葉と、
まだ留まりたい言葉のせめぎあいを感じ取ること。
沈黙の正体は、
「まだ愛してる」と言葉にする前の、
唇の1ミリの開き。
そのわずかな距離に、
呼吸のすべてが宿っている。
結び|沈黙は、終わりではなく始まり
沈黙は、
終わりの静けさではなく、
世界がもう一度息を吸うための“間(ま)”なのだ。
書き終えたあとに残る、
空白のページ。
そこには、まだ言葉がいないのではなく——
言葉が「戻ってきている」。
内側と外側を、
呼吸のように往復しながら。
人は、書くたびに、
世界と再会している。
書かれなかったものの中にこそ、
本当の意味で“生きている言葉”が息づいている。
沈黙は、文体の最後の一文ではなく、
その次に訪れる光の余白。
ペンを置いても、
言葉は終わらない。
呼吸の奥で、
まだやさしく脈打っている。
— Juna Mind & Beauty
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