感じる人が書くための、静かな技法について
序章
扁桃体で書くというのは、
“感情に振り回される”ことではなく、
“感情の波を見つめながら、言葉に変えていく”こと。
この文体は、頭よりも身体の方が先に動く。
思考の速度を一段落とし、
神経のさざ波をそのまま紙に映すようにして書く。
書くことが「考える」ではなく、
「感じ直す」になっていく。
間(ま)― 沈黙を怖がらない
扁桃体文体の第一の呼吸は、“間”にある。
間は、空白ではなく共鳴の部屋。
読者が息を吸い、感じるための余白。
文章が詰まりすぎると、
扁桃体は“圧”を感じて閉じてしまう。
だから、行間を開けることは「読者の神経を休ませる」ことでもある。
書くとは、伝えることではなく、
空白の中に“余音”を残すこと。
練習:書き終えたら、一行あけて呼吸する。 その呼吸の中にも、文体は生きている。
息(いき)― 語尾で整える
扁桃体文体は、語尾が呼吸のようにやわらかい。
「〜かもしれない」「〜してみよう」「〜が好きだ」
どれも、読者の神経を緩める“余地”を残す語尾。
逆に、「〜すべき」「〜だ」「〜せねば」などの
ドーパミン文体の語尾は、行動を促すが、心を締めつける。
息を整えながら書くと、文末には“安堵”が宿る。
息を吐くように書くと、その文章は読者の胸でも呼吸を始める。
練習:書いていて苦しくなったら、一度手を止めて深呼吸。 その一息が、文章を整える。
祈り(いのり)― 意図を超えて書く
扁桃体文体の最後のリズムは、“祈り”。
ここでいう祈りとは、宗教的なものでなく、意図を手放す感覚のこと。
「誰かを変えよう」とする力を抜く。
「誰かに届くといいな」と、ただ願う。
すると、言葉のトーンが変わる。
理屈の層を超え、
読んだ人の“体感”に直接触れる文章になる。
書くとは、
言葉で世界を動かすことではなく、
世界に静かに祈ること。
練習:書き終えたあと、“どうかこの言葉が必要な人に届きますように”と一度つぶやいてから保存する。 その瞬間、文体がひとつ深まる。
結び ― 書くことは整えること
扁桃体で書くとは、
感情に波があることを許しながら、
その波を“美”に変えること。
行動の言葉が社会を動かすなら、
感じる言葉は魂を動かす。
そしてその両方が合わさったとき、
文章は祈りになる。
“間”で静けさを整え、
“息”でリズムを与え、
“祈り”で意味を超える。
それが、Juna式文体の呼吸。
— Juna Mind & Beauty
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