さよならピンク|切らない目の下のふくらみ手術当日の、静かな心の記録

Before Beauty

顔を変える日。

それは思っていた以上に“人生の回顧録”を連れてきた。

幼少期の記憶、いじめ、恋愛、結婚、苦労。

すべてを胸に抱いたまま、私はバスに揺られてクリニックへ向かった。

これは、切らない「目の下のふくらみ(眼窩脂肪)減量手術」の当日を綴った、

小さくて静かな、心とお顔の再生の物語です。

朝の洗面台と、静かな出発

朝、薄暗い洗面台で顔を洗う。

鏡に映る陰影の濃い私に

行ってくるね、と心の中で言う。

バスに乗り向かうのは

「美容整形クリニック」。

晩秋の土曜日、快晴、窓から望む紅葉。

いつも自然の景色を眺めるのが好きなのに、今日は感傷的になっていた。

人気のないバスの中で、なぜだか人生の回顧録が始まった。

バスに揺られながらの回顧録

カトリック幼稚園に通っていた子供の頃。

私の献身と自己犠牲はその頃に遡るのだろうなどと考える。

おそらくこの回顧、最近の職場での人間関係ストレスや、その原因を思い悩んでいたことから来る現象だとは思う。

バスに揺られるしかすることがないので、記憶はどんどんと巻き戻されていく。

3歳の頃、ドブに落ちた男の子を助けたこと。

小学校の頃、担任に作文を叩き込まれてたくさん賞を貰ったこと。本が好きだったこと。

中学生のある日には、強すぎる正義感からある事件に巻き込まれたっけ。

翌日、優等生から突然いじめられっ子になった私と、不良になる事で生き延びようとした私。

共依存の男たちとの出会いと結婚、DV。

大人になってからも繰り返しやってくる苦労の人生。それらを窓側のシートで反芻していた。

景色は流れ、記憶は巡り、バスは東へ。

(顔を変える当日って、こんな気持ち?)

そう言えば、以前もバスの中で泣いたことがあるような気がする。

大きなものに身を委ねる安心感なのか。

それとも今日という特別な日を迎えてナイーブになっているのか。それともただの、情緒不安定?

自己対話をしていると時間の経過を忘れる。昔からの”考えすぎの癖”だ。

今、私の脳内ドキドキメーターは、車窓の紅葉よりも真っ赤に色付いているに違いない。

そんなことを考えていたら、いつもより早く終点に着いた。

クリニックへ。小さな緊張と安心

マップを頼りにクリニックへ向かう。

早く着きすぎない様にビルの下で時間を潰しながら、予約ぴったりの13時にエレベーターでクリニックまで上がる。

ここは完全予約制で、私しかいないところが好きだ。静かで、医師と看護師も1人ずつしかいない。

何軒かクリニックを回ったが、この小じんまりした雰囲気は私に合っている。同意書にサインし、先に会計を済ませる。

昨日おろしておいたお金は、お札の向きをすべて揃えておいた。そうしておいたら、気持ちが落ち着く気がしたから。

診察室へ入る。

手術前のマーキングと、観念したピエロ

今日受ける手術は

切らない「目の下のふくらみ(眼窩脂肪)減量手術」。

ハムラ法など本格的なものも考えたが、

以前のカウンセリング時に先生が「この手術できれいになりますよ」と丁寧に説明してくれたので信じるてお任せすることにした。

手鏡を持って、膨らみを確認していく。

黒いペンと青いペンで目の下にマーキングをされる。目の下に溜まって膨らんでいる脂肪をぐるっと黒い縁取りが取り囲む。

その中に縦線と横線が引かれ、魚の骨みたいな模様が描かれた。

手鏡の中の私は風変わりな装飾をされて、観念したピエロ、みたいな顔をしていた。

手術は40分から50分で済むらしい。手術当日は顔を洗うことも、お風呂に入ることもできないので、別室で洗顔を済ませ、いよいよ処置室に案内された。

処置室へ。

クリニックは意外と奥行きがあった。

白く明るい処置室の真ん中にベッドがある。

私はバッグからお守り代わりの白いタオルハンカチを取り出して、横たわる。体にはケットがかけられて暖かく、少しホッとする。

顔の周りにタオルが巻かれ、胸の上には布が引かれる。鼻に細いチューブが添えられ、笑気ガスをゆっくりと吸い込む。

看護師が、麻酔の目薬を差してくれる。
医師が来て、段取りの説明をする。

・最初の麻酔注射はチクッとすること。
・ガスをゆっくり吸い続けること。
・目は閉じておくように。
・胸の上の布には術具を置くらしい。
・左右交互に少しずつ脂肪を出していく。
・麻酔が効いていても引っ張る感じはある。
・多少の痛みもあることなど。

医師も看護師も穏やかに優しく説明してくれたので、術前の不安はほとんどなかった。

下瞼への麻酔の注射は、目薬が効いており痛みを感じなかった。(こんな感じなら怖くないかも)そう思った。

手術中、考えていたこと

いよいよ始まる。頭上で、医師が手袋をはめる音がする。カチャカチャと金属を揃える音も。

私はというと、こんな段階でも

(ここに来た他の患者さん達は、どんな気持ちでいたのだろう)などと、相変わらず「自分」ではなく「他者」に意識を向けていた。

それ⸻ 私の思考癖、を笑気ガスの意識の中で自覚した途端、意識が外側からベッド上の肉体へ戻された。

思考は相変わらずグルグルと回っているが、いつもより心は鎮静している。

今ここに寝ている自分を内側からリアルに感じる。少し不思議な感覚だった。

ここへ来るまでの道のり1時間半。

手術を考え始めてからの3年間。

自分を否定していた数十年。

体の重みは、それらの過去をまるごと引き連れて、ずっしりとベッドに溶けていた。

儀式の気配。

その時。

一瞬、全ての音が止み

手術室が静寂に包まれた⸻ 


枕元に医師の気配がある。まるで
これからの「儀式」に向けて
私への祈りが行われているような。
そんな一瞬だった。

佳境。痛みとともに出ていったもの

医師が看護師に「2」と指示を出す。

カチャと尖った音。下瞼への感触。

閉じた目の向こうからまばゆい光を感じる。

耳からは優しいオルゴールのBGM。

こんな状況においてもなお私は、バスの続きの「自己対話」を再現していた。

「今日を境にポジティブに変わって見せる。少しでも綺麗になって人生楽しむんだ。」

⸻ そんな軽いのじゃない。

心にぎっしり詰まった感情の重さをじっくりと味わっている。

体の全てを他人に預けた状態では、人は自発的に明るい気持ちになど、そもそも、なれないのかもしれないけれど。

ガリガリという感触。

ピピッというレーザー音と、焦げた匂い。

医師の息遣い。

「大丈夫ですか?少し押しますよ。」と言われるが、感情労働をしていると不思議と痛みはあまり感じない。

むしろ、こんな時に感極まって涙でも流れたら手術に差し支えるだろうとか、本格的に泣いたら鼻が詰まって笑気ガスを吸い込めないとか、そんなことばかり考えていた。

なるほど、自己憐憫は手術恐怖に勝る。

私は新しい発見をして、ひっそりと喜んでもいた。「美容外科手術中の、心が繊細な人向け痛みの乗り越え方」なんてニッチな洞察だろう。

しかし、佳境の瞬間は突然訪れた。

おそらく、塊を押し出す瞬間。

目の下を触っているはずなのだが、離れたこめかみあたりの神経が鈍く鋭く脈打つ。

耐えられずタオルハンカチを握り締める。

「力抜けますか?すぐ済みますからね」

医師も真剣なのが分かる。

私も力を抜こうと頑張るが、頑張ると力は入ってしまう。背中と肩で呼吸した。

自己憐憫は手術恐怖に勝るが、
痛覚には負ける。

先ほどの発見に、直ぐに新たな見解が上書きされた。世の叡智はこうして精度を増していくのだ。

さよなら「ピンク」

痛みのピークはやはり、脂肪の塊が引っ張り出される刹那だった。医師が言う。

「もう少し。頑張ってくださいね」

私は耐えながら思った。

⸻ 「過去が出てゆく」。

脂肪が出ていくのと同じ位痛々しい人生。とうに褪せているはずの過去がなぜ今こんなタイミングで浮上してきたのか。

もしかして、これは必然であり、絶妙に計算された人生の計画なのかも知れない。

もう必要のない、過去の感情という”アク”を脂肪と一緒に掬って捨てるとき。それが今なのかも知れない⸻

処置は思っていたより早く済んだ。

先生が「うまくいきましたからね」と声をかけてくれて、その後アイシングやお薬の説明がなされる。

少し勇気を出して、

「取り出した脂肪を見たい」と言ってみた。

快く、医師がガーゼを持って来てくれた。そっとその包みを開いた。

そこには小豆大の、白に少し血の付いた私の生々しい一部、「ピンク」が静かに2つ、ぺとりと乗っていた。

しかも、記念に写真も撮って良いと言う。

ピンクはもよもよと不規則に膨らんでいる。

今思えば、指に乗せてみたり、つまんで感触を確かめたり、嗅いでみたり、捻り潰そうとして見れば良かった。

そうすれば、一見大人しそうな遺物の側から何らかのコンタクトがあったかも知れない。

ピンクは私の一部だったけど、もう違う。

仮にピンクが「僕はあなたの一部だよ。僕を連れて帰るかい?瓶に入れて大切にに飾っておくかい?いつでも思い出せる様に。」

とうっすら悲しそうに微笑んで見せても、私はピンクの依存を受け入れない。

なぜなら⸻

ピンクは、数十年の私の悩みや生き辛さが凝縮した”果実”のようだったから。

ピンクを連れ帰ってしまったら、私は生まれ変われない。

そんな気がしたから。

私は返事をする代わりに、圧縮されたピンクをスマホのカメラで5枚ほど写して、クリニックをあとにした。

⸻ ピンクは、追いかけて来なかった。

帰り道。新しい私として歩き出す

通りに出ると、うっすらと寒い。

それもそう、後10日もすれば師走だ。

街にはもうクリスマスソングが流れ、ショーウィンドウには赤と緑と金色の装飾がキラキラしている。週末なので家族連れや恋人同士、外国人旅行客などで賑やかだ。

ざわめきの通りに一歩踏み出る私。

笑気ガスの残骸と目薬で、少し歩きにくい。

無理せずに端の方をゆっくりと歩く。

急いで帰る必要もない。

色んな人が通りにいる。

いろんな人生が、歩いている。

新しくなった私も、その中に静かに溶け込んでいく。

帰途、薄暗いバスの窓に映る私からは、あの「深い陰影」がほぼ消えていた。

私は静かな意識の中で、新しい私と、その向こうに見える夕暮れを見つめていた。夕日の赤と静寂の藍色が交わる空。

今日までの私と、これからの私だ。

— Juna

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