歳を重ねるほど“眉”は、
ただのメイクではなく
心のコンディションそのものになっていく。
私がアートメイクを予約した日は、
そんな日々にそっと終止符を打とうと決めた日でした。
眉毛が描きにくくなっていくという、小さな現実。
眉毛って、
年齢を重ねるほど “描きにくくなるパーツ” なんですよね。
肌のキメやハリが落ちて、
眉尻を指でそっと引っ張り上げながら
なんとか形を整える朝。
鏡を見るたびに、
眉間の苦労線が深く刻まれていて、
本当は疲れているだけなのに
なぜか“険しい顔”に見えてしまう。
決して機嫌が悪いわけじゃないのに、
自分の意図しない表情で生きてしまうことが
静かに心へ負担をかけていきました。
私はせめてもの抵抗として、
眉尻を少し下げて描くようになりました。
— 少しでも、優しく見える気がしたから。
手書きの眉は、おみくじみたいに揺れる。
でも手書きの眉って、
どう頑張っても安定しないんです。
左右差。
そして、消えやすさ。
今日は右が細い。
次の日は左が濃い。
その次の日はどちらかが斜めに下がる。
同じように描いているつもりでも、
なぜか揃わない。
オイリーな日は
お昼には眉尻がふっと消えてしまう。
乾燥する日は
色鉛筆を擦ったみたいになる。
眉って、顔の中でも
**“もっとも見られるパーツ”**なのに
その形が毎日、運試しみたいだなんて。
**上手くかけた朝は、大吉。
急いで描いて大失敗の、凶。
今日はうーん……末吉?。**
毎朝の眉は、
まるで、御神籤(おみくじ)を引くような気持ちでした。
ただでさえ揺らぐ世代の私なのに、どんな“運勢の眉”で一日が始まるか分からない。
その不安定さが、
不自然に下げた眉尻のように、
人生のパフォーマンスすら下降させているような、そんな気持ちになってきていました。
アートメイクという選択肢が、ふっと目の前に現れた日。
「毎日、眉みくじを引く生活を
終わらせたい。」— そう思ったとき、
アートメイクが選択肢として浮かびました。
アートメイクの写真などは、これまで人ごとのように眺めたことはあったけど、
自分の眉のこととなると真剣になりました。
最初は、大手のクリニックを見ていました。
技術も実績もある。
口コミも多い。
予約してみようかな、と思った
そんなある日――
ふと
「眉毛アート ◯◯(地名)」
と検索してみたのです。
そこで見つけたのが、
別の有名院がやっているキャンペーン。
通常の半額くらい。
驚くほど手に届きやすい価格でした。
症例写真も自然。
口コミも悪くない。
気づいたら私は、
スマホの前で静かに息を吸って
“LINE予約” のボタンを押していました。
予約ボタンを押した日のこと。
ただのLINE予約なのに、
胸の奥はそわそわしていて。
不安もあったけれど、
それ以上に──
「ここから少し変われるかもしれない」
そんな小さな火が灯っていたんです。
眉が整っているだけで、
外に出やすくなる。
人と話す時も安心感が出る。
眉、大丈夫かな?っていうストレスが減る。
それが分かっていたからこそ、
この予約ボタンひとつが
私にとっては 人生の外側を整える“儀式の入口” でした。
そして今日、
アートメイク2回目を終えた私が
ここにいます。
— Juna

